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再びフランス・ロマネスクの旅-17 [旅気分]

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パリ観光
10月21日はトゥルニュからパリに移動。22日、ヒコのためにガイドさんをお願いしてパリ観光。
エッフェル塔は欠かせません。
左の写真、、エッフェル塔で記念写真を撮ってあげました。。

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エッフェル塔のすぐ近くで見かけた花嫁。パリで結婚式を挙げたカップルでしょう。
新郎の友達も一緒のようです。

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ビルの装飾すごーい[わーい(嬉しい顔)] ルイヴィトンの本社だそうです。
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再びフランス・ロマネスクの旅-16 [旅気分]

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オズネーの小さな聖堂
タクシーが最後に連れていってくれたのはオズネー。
ドライバーに渡した紙切れには、ブランシオン、シャペーズ、オズネーと地名を書いておいたのですが、
ブランシオンにいったっけ? 写真が残っていない。すっとばされたのかしら。
参考書の写真ではこの上なくシンプルで、一番見たかったのに~。
でも、オズネーの小さな聖堂も素朴で愛らしくて、気に入りました。
入り口に屋根庇がついているのは珍しいそうです。
そこに曲がりくねった木材が使われているのはもっと珍しいのでは。

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内部はこんな感じ。飾りけがなくて、おだやかで。よいです、よいです。

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裏にまわってみました。

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小さな聖堂と道路を隔てて向かい側にある、大きなお屋敷。人けはありません。
写真は撮っていいけど、入ってはいけないといわれました。

2時間ほどのドライブの間、ほとんど車を見かけなかったし、人の姿はゼロ。
聖堂なり、お屋敷なりを公開するには、管理する人が必要です。
ブランシオンを見られなかったことも、そういうわけかもしれないと思いました。
ヒコは車に乗るなり眠ってしまい、ホテルに戻って起こされるまで眠り通しでした。
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再びフランス・ロマネスクの旅-15 [旅気分]

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シャペーズのサン・マルタン聖堂
ブルゴーニュの村々には、ロマネスクの小さな聖堂があるそうです。
トゥルニュのホテルから、予約しておいたタクシーでまわることにしました。 
ドライバーに、いきたい場所の地名を書いたメモを渡したのですが、??? 最初にきたところ、ここ、ブランシオンじゃないよね?
シャぺーズのサン・マルタン聖堂です。ファサードの石壁、トゥルニュのサン・フィリベール聖堂と同じようなアーチ型の装飾があります。
写真右は横から見たところ。塔の形は北イタリア風なんだとか。

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中の造りは、質実剛健。レリーフも壁画も見られません。がっしりとした石だけの造形がいい感じです。

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タクシーは、こんな景色の中を延々と走ります。
もう午後も遅く、しかも天候は薄曇り。残念、風景にはいい光線がほしい。

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田園の中を何キロも走って、あちらにぽつり、こちらにぽつりと建物があります。複数の建物を石の塀で囲ったお屋敷のようです。住む人がいるのかどうかわからないところもありましたが、いつかは誰かが住んでいたわけで、私の感想は、日々の食料はどうなっていたんだろう、ということです。
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再びフランス・ロマネスクの旅--14 [旅気分]

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トゥルニュのサン・フィリベール聖堂
参考書にロマネスク初期の建築とありました。写真で見ると、やわらかな色の石を積んだ壁の、こまやかな表情が魅力です。これは見なければ。
10月20日、オランジュを発ってトゥルニュに着いたのが12時半頃。ホテルは駅前ですぐにわかりましたが、「3時に開けます」と書いた貼り紙。しかたない、スーツケースをひっぱっていくしかないね。
どっちを向いても人がいない。
駅前の大通りには瀟洒な建物が並んでいました。よく見るとみなホテル。でも営業しているのかな?
駅からちょっと歩いたところに複数の骨董店が入ったビルが…みな閉じていました。
観光シーズンでないときは眠ったような町なんでしょうか、トゥルニュというところは。
聖堂は駅の近くです。見学は、ヒコに昼ご飯を食べさせてからにしよう。幸い、小さなカフェが開いていました。
さて、かんじんの聖堂。聖堂の前にある広場が狭いので、というか、聖堂が非常に高いので、どうやっても横位置の写真には収まりません。写真は思い通りに撮れなかったけれど、この聖堂の、つつましやかな華やぎ
といったものを堪能できました。

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12世紀に作られたという聖母像。近年の修復で金色に塗られていても、なんともいえぬこの表樹、古風です。

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晴天だったせいもあって、聖堂の中は明るく、晴朗な雰囲気に満ちていました。

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左は聖堂の前の歩道に埋めてあった…なんの標識でしょうか。
右は聖堂の向かい側、建物の壁に這うツタ。
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再びフランス・ロマネスクの旅-13 [旅気分]

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子供2題
左は、オランジュにて。
メインストリートから、ちょっと横に入って古代劇場に通じる細い道を歩いていたら、
ヒコが「写真撮って」という。ふりかえったら、あれま[がく~(落胆した顔)]
ここまで辛抱強く、あーちゃん(私)につきあって、地味~な石の建物ばかり見てきたのだから、ちょっとはふざけても許してあげる。
右は、翌10月20日、オランジュからトゥルニュへ移動する列車の中。後ろの座席にいた少女。
何歳くらいかな。タブレットで遊んでいました。
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再びフランス・ロマネスクの旅-12 [旅気分]

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オランジュの古代劇場
10月19日、アヴィニヨンからオランジュまでは列車で10数分です。
駅前のホテルに荷物を置くなり、古代劇場に出かけました。
シーズンオフのホテルは森閑としていました。市内の観光地図も置いていない。
「古代劇場はどっち?」「あっち」。歩いてみるしかありません。
この街のメインストリートらしい道を1キロほどいくと、カフェや商店が並ぶ賑やかな場所に出ました。
ヒコに昼ご飯を食べさせるため、まずカフェに。
リンゴジュースさえあればヒコは機嫌がいいので助かります。

古代劇場へ通じる細い道はすぐにわかりました。
ここにきてみたかったわけは二つ。
リルケが「マルテの手記」に書いていること、(リルケは110年ほど前にを訪ねています)
旅行案内によれば、古代ローマの劇場がほぼ完全な形で残っていること。
すり鉢状、半円形の石の階段。正面に、大きく高い石の壁。
これまで見てきた修道院や教皇庁の建物とちがい、青天井は解放感があります。
ヒコは薄暗い石の建築を怖がっていましたが、ここでは明るい表情をしていたのでほっとしました。
現在は、野外劇場として使われているそうで、
ステージとステージの上の屋根は、リルケの時代にはなかったものでしょう。
私としては、リルケの感慨に及ぶべくもありませんが、観たいものを体感できた感じはもてました。

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写真左は、観客席の上部から見た外の眺め。右は、観客席の裏側の通路。

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左は、外壁の一部。ローマのコロッセオに比べると、かなり素朴な造りで、親しみがもてます。
右は、入り口の番兵? 堂々としています。カメラを向けても意に介しません。
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北へ [旅気分]

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2月3日、Mr.FamIlyCiubの深澤勝さんの取材で、大宮から東北新幹線「こまち」で角館に向かいました。
沿線の天候はほぼ晴れ。仙台に近づくとうっすら雪のある風景が見られ、遠景に雪をかぶった山が。
ふと、「お山が見える」という言葉を思い出し、その瞬間、我知らず涙が。
「ゲド戦記外伝」で読んだ言葉です。この本は今私の手元にないので記憶を確かめようがないのですが、
次のような物語だったと思います。
さらわれた少女が、銅の精錬所で働かされているところを助け出され、故郷の村に向かう途中にいうのです。
少女はひどく弱っていて、故郷にたどりつくことはできないとわかっているのでしょう。
遠くに見える山は、少女の帰っていく場所、やさしく迎えられる場所を象徴しているのです。
気づいてみれば、雪をかぶった山の姿は、私にとっては、八甲田山なのでした。
ふるさと青森市には、もう、従姉も親友も、懐かしい人は誰もいません。
懐かしいのは北国の風景、その中心に鎮座している八甲田山の雄姿なのです。

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仙台をすぎてしばらくすると天候は曇りに転じ、やがて吹雪に。
盛岡から秋田方面に向かうと雪が深くなりました
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Mr.Family Ciub 深澤 勝さん [PENTAX]

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2月3日。今回のMr.Family Club は、秋田県美郷町在住の風景写真家、深澤勝さん。
Mr.Family Club170人のうち、秋田県の方ははじめてです。
深澤さんが撮るt対象は、美郷町周辺の暮らしのある風景。
色づいた稲穂の上にかかる半円の虹、美郷町のラベンダー畑、角館の桜、人影のある田園風景。
「自宅から半径6キロの範囲で撮ることが多いです」
深澤さんは写真館を経営されており、
農家のあとを継ぐべき長男が、好きな写真の道に進んだことの苦労話をたっぷりとうかがいました。
田園のまっただなかに、瀟洒な白い大きな建物。そこが深澤さんの写真スタジオです。
深澤さんのポートレートを撮らせてくださいとお願いしたら、
あっという間にスタジオのセッティングができ、「はいどうぞ」

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帰りはもう日没後。
スタジオの出口に、小さなかまくらが設けられており、私のために灯りをともしてくださいました。
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再びフランス・ロマネスクの旅-11 [旅気分]

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アヴィニヨンの教皇庁
10月18日の、シトー派三姉妹めぐりは強行軍でした。
あとになってみれば、ル・トロネを飽きるまで見て、あとの二つは省略してもよかった…と思うのですが、
それは三つを見たからいえることです。
それにしても、ルトロネの近くに1泊したかったなあ。
とんでもなく不非自由かもしれないけど、それが好なんだよねー。
などと思いながら、その日のうちにアヴィニヨンのホテルに入りました。
19日、アヴィニヨンは、オランジュにいくための中継地点なので、観光は午前中だけ。
私がアヴィニヨンについて知っているのは、「アヴィニヨンの橋の上で」という歌だけなんですが、
教皇庁と橋と、どっちにいくか?
教皇庁にしました。

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旅行案内書によれば、ヨーロッパ最大のゴシック宮殿。
大きいだけあって、いっぺんに造られたのでないことは、見ただけで感じます。
建て増しに次ぐ建て増しだったのね。複雑で広い。
中にあった聖像などはすべてフランス革命のときに破壊されたそうで、威圧感のある、大きい部屋がただただあちこちにあるだけ。
教皇庁というからには、ゴシック時代というからには、よくいえばきらびやかな装飾でみちあふれていたのでしょうし、それがあったら時間をもてあますこともなかったと思うのですが、なんだかなあ。
写真を撮る気もおきません。

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ヒコはむくれていました。私も同じ気分だけど…
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再びフランス・ロマネスクの旅-10 [旅気分]

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ゴルド村とセナンク修道院
シルヴァカーヌ修道院から30キロほど北上して、ゴルド村を眺め、セナンク修道院へ向かいます。
丘の上に古風な家がひとかたまり。フランスの最も美しい村の一つ、ゴルド村です。
でも、遠くから見ただけなので、どのように美しいのかわかりませんでした。
写真右は、ゴルド村の下に広がる平野の眺め。
ゴルド村には泊まれるのかしら? できることなら泊まって、ぼうっとした1日を過ごしたかった。
古い家並みのほかは何もないだろうって? 
だからいいんです。カフェで、カフェがなければ道端の石垣に腰掛けて、空を眺めたり、猫をからかったり。
折紙をもっていくので、近くにいる人にツルを折ってあげることもあります。
「オリガミ?」と「聞いて、大喜びし、たちまち仲良くなれます。オリガミは世界の共通語のようです。
そんな一日の、なんと長いこと。
見知らぬ国の見知らぬ町で退屈しているくらい、贅沢な時間はないと思うのです。

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セナンク修道院は、旅行意案内書には「ラヴェンダーの美しい修道院」として紹介されていますが、シトー派三姉妹の一つである、ロマネスクの建築です。
写真右の、手前の畑がラヴェンダーで、シーズンには一面の紫に染まるそうです。
ここは現在も修道院として機能しているので、中の見学は遠慮しました。
静かな環境が素晴らしかった。

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シトー派の修道士は自分たちで山から石を切り出し、積んで、修道院を建てたといわれます。
壁には、石を切り出した人の頭文字やマークが刻まれています。
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